楽曲の第1ヴァースで、物語の主人公の一人として登場する印象的なフレーズがあります。
「Just a city boy, born and raised in south Detroit(デトロイト南部で生まれ育った、都会の少年)」
アメリカの地理に明るいリスナーであれば、この一行を耳にした瞬間に違和感を覚えます。デトロイト市街地はデトロイト川の北岸に面して広がっており、市街地のすぐ南側は広大な川そのものです。そしてその対岸に位置するのは、アメリカ国内ではなくカナダ・オンタリオ州のウィンザー市。現地で「サウスデトロイト」と呼称される公的な地域やコミュニティは、歴史的にも一切存在したことがありません。
この地理的な齟齬について、作詞を手がけたスティーヴ・ペリー(Steve Perry)本人は、後年の米メディアのロングインタビューで極めて率直な真相を明かしています。1980年、ジャーニーの全米ツアー中にデトロイトのホテルに宿泊していたペリーは、真夜中に客室の窓から眼下を見下ろしていました。薄暗い街路灯の下を行き交う人々を眺めているうち、少年のキャラクター設定とメロディが頭に浮かんだといいます。
「詞を書くにあたって『ノースデトロイト』も『イースト』も『ウェスト』も試してみたんだ。だが、どれも耳に心地よく響かなかった。そこで『サウスデトロイト』と口に出してみたら、信じられないほどメロディにピタリとハマった。後になって地元の人から『そんな場所はないよ』と指摘されるまで、私はカナダの国境に突き当たる事実すら知らなかったんだ」
ペリーにとって最重要だったのは、厳密な地図上の正確さではなく、フォネティクス(英語の発音と音響的快感)でした。跳躍するピアノのリズムに完璧に寄り添う母音の響きを選び抜いた結果、架空の地名が誕生したのです。興味深いことに、デトロイトの市民や地元スポーツチーム(NHLデトロイト・レッドウィングスなど)はこれを冷笑するどころか、「俺たちの街の曲」として熱烈に受け入れ、アリーナでこの一節が流れると全員で「サウスデトロイト!」と絶叫するのが伝統の儀礼となっています。