町田プレイハウスが全国のロックファンから「聖地」として崇められる最大の理由は、LUNA SEAが結成初期(当時はLUNACY名義)からメジャーデビュー前夜に至るまで、活動の絶対的な拠点としていた歴史にあります。メンバーの自著や数々の回顧インタビューにおいて、「プレイハウスで培ったライブパフォーマンスと独自のアンサンブルが、すべての原点だった」と語られており、彼らのアイデンティティが形成された場所としてファンに語り継がれています。
当時のライブハウスシーンにおいて、町田は下北沢や新宿とは一線を画す「独自の熱気と尖った美意識」が渦巻く街でした。町田プレイハウスはその中心地として、徹底したプロ志向の音作りとシビアなステージングを若手バンドに求め、これが後のモンスターバンドを生み出す土壌となったのです。
また、LUNA SEAだけでなく、SIAM SHADE、CASCADE、さらにはゼロ年代以降の邦ロックシーンを牽引した藍坊主やSTANCE PUNKSなど、数多くの個性派バンドがこのステージから全国へと羽ばたいていきました。まさに日本のロック史を語る上で欠かせない重要文化財とも言えるライブハウスです。