東京大学法学部を卒業し、1977年に旧郵政省へ足を踏み入れた櫻井俊氏。官界・公務員組織での足跡は、日本の情報通信行政の革新そのものだった。通信の自由化や放送のデジタル化など、国家レベルのインフラ再構築を牽引し、2015年には総務省の最高峰ポストである総務事務次官へと昇りつめた。
退官後もその腕組みされた手腕への評価は衰えず、大手広告代理店の株式会社電通(現・電通グループ)で副社長に就任するという異例の転身を遂げる。官界の頂点からビジネス界の最前線へ。その圧倒的な足跡は、息子である櫻井翔のメディア活動に対する社会的な信頼感とも無関係ではない。