藤田嗣治『アッツ島玉砕』の真実|戦争画の最高傑作が辿った数奇な運命

藤田嗣治『アッツ島玉砕』の真実|戦争画の最高傑作が辿った数奇な運命

藤田嗣治『アッツ島玉砕』の真実|戦争画の最高傑作が辿った数奇な運命の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。

1920年代のパリ・モンパルナスにおいて、独自の「乳白色の下地」による裸婦像で一世を風靡したレオナール・フジタが、なぜ日本の泥臭い戦場を克明に描く従軍画家となったのか。この転換は今なお美術史における最大の研究テーマの一つです。

藤田は従軍にあたり、単に軍の要請に応じるだけでなく、フランスで学んだルーヴル美術館の巨匠たち――ジェリコーの『メデューズ号の筏』やドラクロワの『民衆を導く自由の女神』といった西洋大歴史画の伝統を日本人の手で成立させるという強烈な芸術的野心を抱いていました。

『アッツ島玉砕』の構図を詳細に分析すると、緻密に計算されたピラミッド型の動線が浮かび上がります。画面下部に横たわる遺体を基底とし、中央の白兵戦を経て頂点へと視線を誘導する構成は、キリスト教美術における「キリストの降架」や「最後の審判」の構図と驚くほどの一致を見せています。藤田は日本の死生観を西洋絵画の最高峰の形式に落とし込むことで、唯一無二の記念碑的作品を創り上げました。

作品名 / 制作年技法・画面のトーン主題と表現意図歴史的評価・位置づけ五人の裸婦
(1923年)乳白色の下地、繊細な墨の面相筆線描エコール・ド・パリ時代の官能美と東洋的質感の融合欧州画壇を席巻した初期の代表的傑作アッツ島玉砕
(1943年)暗褐色・土色の重厚な油彩、密集ピラミッド構図極限状態の白兵戦、散りゆく日本兵への哀悼と鎮魂近代日本戦争記録画の頂点・国民的衝撃作サイパン島同胞臣節を全うす
(1945年)暗緑色と冷徹な光彩、断崖絶壁のパノラマ民間人の自決を含む集団的悲劇の直視戦争の無慈悲さを極限まで突き詰めた問題作平和の聖母礼拝堂壁画
(1966年)フレスコ画、宗教的静謐さと清冽な色彩カトリック改宗後の祈りと魂の救済フランス・ランスに遺された晩年の集大成※東京国立近代美術館、ランス市ノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂等の公開資料を基に編集部作成
山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。