桂三枝という、タレントとして完成された絶大なブランドを脱ぎ捨て、なぜ「六代目桂文枝」を襲名したのか。そして、ギネス世界記録に認定された看板番組をなぜ手放したのか。この2つの決断には、芸能史に残る明確な理由が存在します。
まず、2012年7月16日に行われた名跡襲名の背景には、師匠である五代目桂文枝(2005年没)への尽きない恩義と、上方落語界の未来に対する責任感がありました。当時、上方落語協会会長を務めていた三枝は、定席「天満天神繁昌亭」の開設(2006年)を主導するなど、衰退の危機にあった上方落語の復興に奔走していました。一門の象徴であり上方落語の大名跡である「文枝」が空位のままでは界隈の求心力が失われるという危機感から、「師匠の名前を汚さぬよう、上方落語をさらに大きな存在へ押し上げる」という覚悟のもとで名跡を継ぎました。
一方、1971年1月の放送開始から51年3カ月にわたって司会を務めた『新婚さんいらっしゃい!』を2022年3月で降板した理由については、本人が当時の会見で率直に胸中を明かしています。78歳という節目を迎え、「椅子から転げ落ちる名物リアクションが体力的・年齢的に厳しくなってきたこと」「若い世代の新婚カップルとの感性のズレを自覚したこと」を挙げ、後進(藤井隆・井上咲楽)へバトンを託す決断を下しました。名誉ある地位にしがみつくことなく、自らの芸道と番組の将来を客観的に見据えた上での「美学ある勇退」でした。