福井の街で愛され続ける御素麺屋の創業の歴史は、江戸時代中期の元禄12年(1699年)にまで遡ります。江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉の治世であり、赤穂事件(忠臣蔵)が起きる直前の時代から連綿と続く、320余年の歴史を誇る屈指の老舗です。
誰もが疑問を抱く御素麺屋の名前の由来ですが、創業当時は文字通り、素麺をはじめとする乾麺類を製造・販売し、福井藩主であった越前松平家に納める御用商人でした。藩主からその確かな腕前と実直な仕事ぶりが認められ、直々に「御素麺屋」という栄誉ある屋号を拝領した記録が社史に残されています。武家社会において、藩主から屋号を賜ることは商人として最高の栄誉であり、家宝に等しい格式を意味していました。
転機が訪れたのは明治維新以降のことです。武家社会の崩壊や食文化の近代化という時代の荒波の中で、御素麺屋は人々の嗜好の変化を見据えて和菓子の製造へと徐々に軸足を移していきました。「商う品目が麺から菓子へと変わっても、藩公からいただいた大切な屋号を軽々しく変えるべきではない」という先代たちの強い矜持と誇りこそが、現在に至るまで「素麺のない御素麺屋」として親しまれている真相です。看板を守りながらも柔軟に革新を重ねてきた姿勢は、日本の老舗経営における見事な適応例といえます。