1983年の引退後、年寄・間垣を襲名した二代目若乃花は、分家独立して間垣部屋を創設しました。師匠として独自のスカウトと指導を行い、相撲界に確かな足跡を残しています。
間垣部屋からは、教員出身力士として話題を集め「技のデパート」と呼ばれた小結・智乃花や、幕内・五城楼、若ノ城など個性豊かな関取が誕生しました。下間氏は弟子たちに対して基本に忠実な稽古を求め、土俵上での礼儀作法を厳しく指導したことで知られています。
しかし、2000年代に入ると試練が続きます。2007年には下間氏自身が脳梗塞で倒れ、言語機能や歩行に後遺症が残る事態に見舞われました。体調不良を抱えながら部屋の運営を続けましたが、2013年に健康上の理由から間垣部屋を閉鎖。所属力士らは伊勢ヶ濱部屋へと移籍し、下間氏自身も日本相撲協会を定年前に退職(退職手続)しました。