嵐の現場と三田・日吉キャンパスの往復は、想像を絶する過密日程でした。当時のインタビューや特番で本人が語った回想録によると、午前中は大学の講義に出席し、午後はテレビ局のスタジオで収録、夜は深夜までダンスレッスンやコンサートのリハーサルを行い、深夜2時に帰宅してから試験勉強を始めるという生活が日常茶飯事でした。平均睡眠時間が2〜3時間に削られる日々が何日も続いたと証言されています。
この極限状態を乗り越える上で決定打となったのが、櫻井翔の大学の同級生たちの存在です。出席が足りない講義や、仕事でどうしても出られなかった授業では、信頼できる友人たちがノートのコピーを快く提供し、試験範囲の重要ポイントを徹底的にサポートしました。
大学の同級生たちは、彼を「嵐の櫻井翔」として特別扱いするのではなく、一人の対等な学友として接しました。櫻井翔自身も甘えることなく、多忙な合間を縫って友人の誕生日を祝ったり、キャンパスの学生食堂で一緒に食事をとったりと、人間関係を何よりも大切に育みました。卒業後も親友の結婚式で司会を務めるなど、この学生時代に培われた友情は、彼の人間的基盤として今も息づいています。