タモリ夫妻に関して、多くの人々が関心を寄せるもう一つの謎が「子供がいない理由」です。2026年現在の多様な生き方が認められる時代とは異なり、昭和の時代において「結婚すれば子供をもうけるのが当たり前」とされていた社会通念の中で、二人はなぜ子供を持たない選択をしたのでしょうか。
二人の馴れ初めは、タモリが芸能界に入るはるか前、地元・福岡でのサラリーマン時代に遡ります。早稲田大学を中退後、福岡へ戻ったタモリは朝日生命保険の営業所などで勤務していました。そこで出会ったのが、職場の同僚であり2歳先輩社員だった春子さんです。明朗で仕事ができ、包容力のある春子さんに惹かれたタモリは社内恋愛を経て1970年頃に結婚しました。
結婚後のタモリは、ボーリング場の支配人や喫茶店のマスターなどを転々とし、定職に就かない不安定な生活が続きました。その間、経済的に家計を支え続けたのが春子夫人でした。福岡を訪れたジャズピアニスト・山下洋輔や赤塚不二夫に見出され、単身上京して芸能界へ飛び込むという無謀な挑戦に対しても、春子夫人は一切反対することなく夫の才能を信じて送り出したと言います。
子供を作らなかった理由について、タモリ自身がメディアで詳細に語ることはありませんでしたが、生前の親しい文化人仲間や関係者の証言を総合すると、以下の二つの要因が重なっていたことが分かります。
第一に、「子供を作って落ち着く余裕が物理的にも精神的にもなかった」という下積み時代の現実です。30歳目前での遅咲きのデビューであり、いつ仕事が途切れるか分からない芸能界の荒波の中で、二人だけで生きていくことに全力を注がざるを得ませんでした。
第二に、「生涯を通じてお互いがお互いの一番の理解者であり続けたい」という独自の人生観です。タモリはかつて自身の人生哲学として「何事にも執着しない」「計画を立てず面白がって生きる」というスタンスを公言してきました。血縁による家父長制的な家族像に縛られることなく、自立した大人同士が対等なパートナーとして寄り添う生き方を、半世紀前から先取りして実践していたと言えます。