最終回を読了した読者が最も直面する疑問が、「結局、主人公の正体は何者だったのか」という点です。作中で提示されるノートの記述には、意図的な時間軸のズレや自己矛盾が随所に仕掛けられており、単一の事実関係を特定させない構造が取られています。
この謎を解く最大の鍵は、「観察する側」から「観察される側」への転落という心理学的テーマにあります。主人公のカメラマンとしての過去は、レンズを通して他者を一方的に搾取・観察する欲望の象徴でした。箱をかぶる行為は、自らの身元を消し去る究極の匿名化であり、現代で言えばインターネットの匿名空間に潜り込む心理と完全に合致しています。
しかし作中では、看護婦という絶対的な他者の「性的な視線」とニセ医者の「悪意ある視線」に晒されることで、主人公のアイデンティティは徐々に解体されていきます。最終話のラストが意味しているのは、「箱の男とは特定の個人ではなく、社会から逃走し他者を覗き見ようとする誰もが感染する概念そのものである」という事実です。ニセ箱の男も、元カメラマンの主人公も、入れ替わり立ち替わり現れる「現象」に過ぎなかったという伏線回収が、この作品の底知れない恐怖を形作っています。