では、なぜ2月11日という特定の日付が選ばれたのでしょうか。そのルーツは奈良時代に編纂された正史『日本書紀』の記述に遡ります。
『日本書紀』の「神武紀」には、初代天皇とされる神武天皇が大和(現在の奈良県)の橿原宮(かしはらのみや)で即位した日について、次のように記されています。
「辛酉年春正月庚辰朔(しんゆうのとし はるしょうがつ こうしんのついたち)」
これは旧暦(太陰太陽暦)の1月1日を意味します。明治維新後の明治5年(1872年)、政府は太陰暦から太陽暦(グレゴリオ暦)への改暦を断行。その際、当時の天文学者や暦法官が計算を行い、神武天皇即位の年とされる紀元前660年の旧暦1月1日を太陽暦に換算した結果、導き出された日付が「2月11日」でした。
翌1873年(明治6年)、政府はこの日を近代国家統合の精神的支柱として「紀元節(きげんせつ)」に制定しました。これが現代の建国記念の日の直接的な源流となっています。古代の神話伝承と近代の暦学計算が融合して誕生した日付こそが、2月11日なのです。