止まると窒息死するのであれば、マグロは一生涯を一睡もせずに過ごしているのでしょうか。この疑問に対する海洋生理学の解明は、近年のバイオロギング技術(小型記録計を魚体に装着する追跡調査)によって大きく前進しました。
水産研究・教育機構などの調査データや遊泳行動解析によると、マグロは「泳ぎながら眠る」特殊な睡眠方法を確立しています。完全な意識消失を伴う深い眠りではなく、脳の半分を休ませる半球睡眠に近い状態、あるいは代謝活性を最小限に抑えた省エネ巡航モードへ移行することが確認されています。
睡眠時のマグロは、日中の索餌(エサ探し)行動時に見せる俊敏なダッシュを完全に止め、時速約1.5〜3km程度の低速航行へと切り替わります。日中に比べると以下の明確な生理的変化が見られます。
- 代謝速度の抑制:心拍数とエネルギー消費を抑え、必要最小限の酸素要求量まで落とす。
- 一定水深の水平回遊:急激な潜行や浮上を避け、海流が安定した層を滑空するように直進する。
- 側線器による反射航行:視覚情報に頼らず、体側に並ぶ「側線(水圧や水流の変化を感じ取る感覚器官)」を使い、群れの仲間との距離感を自動維持する。
睡眠中であっても、ラムベンチレーションを維持できる下限速度さえ保っていれば窒息することはありません。マグロにとって泳ぐ行為は、人間でいう「無意識の心拍」や「肺の呼吸運動」と同じ次元の自律神経系に組み込まれた自動プログラムといえます。