天地真理『恋する夏の日』テニスコートの理由と現在|昭和の光と影

天地真理『恋する夏の日』テニスコートの理由と現在|昭和の光と影

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昭和歌謡の黄金期を語るうえで、1970年代前半の天地真理が打ち立てた金字塔を避けて通ることはできません。恋する夏の日 発売日 1973年7月1日、CBS・ソニーからリリースされた通算6枚目のシングルは、瞬く間に全国のレコード店を席巻しました。オリコン週間シングルチャートでは発売直後から破竹の勢いで首位を奪取し、6週連続1位を達成。当時の公称売上枚数は数十万枚規模に達し、その年の年間チャートでもトップテン圏内にランクインする大快挙となりました。

当時の芸能界において、天地真理は南沙織、小柳ルミ子とともに新三人娘と称され、女性アイドルという概念を茶の間に定着させた立役者でした。デビュー曲『水色の恋』に始まり、『ちいさな恋』『ひとりじゃないの』『虹をわたって』『若葉のささやき』、そして本作と、天地真理 オリコン1位 記録は通算5作におよびます。女性ソロ歌手としてシングル5作連続首位の記録は、当時の歌謡界において前人未到の偉業でした。

その圧倒的な人気の証左として、年末恒例の天地真理 紅白歌合戦 出場歴においても、1972年から1974年にかけて3年連続出場を果たしています。1973年の『第24回NHK紅白歌合戦』では本作『恋する夏の日』を堂々披露。紅組の象徴として日本中の家庭にお茶の間の熱狂を届け、昭和歌謡 アイドル ヒット曲の象徴としてその地位を不動のものとしました。

森 瞳
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森 瞳

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