高校の森林監督が「教育社会学的なアプローチ」の旗手であるならば、大学の堀井哲也監督は「プロフェッショナリズムと現代組織論」の頂点に立つ戦略家です。
1962年生まれの堀井監督は、慶応高校から慶応大学経済学部に進み、外野手としてプレーしました。卒業後は社会人野球の強豪・三菱自動車川崎で活躍し、マネージャーやコーチを経て、わずか35歳で監督に抜擢。その後、2005年からJR東日本の監督を15年間務め、2011年の都市対抗野球大会優勝をはじめ、チームを常に全国トップレベルへと押し上げました。吉田一将(元オリックス)や田嶋大樹(オリックス)ら数多くのプロ野球選手を育て上げた実績は球界随一と評されています。
2019年末の大久保秀昭前監督からの監督交代劇は、関係者の間で大きな話題となりました。慶応大学の監督ポストは伝統的にOB間の信頼関係と推薦によって決定されますが、社会人球界で長期にわたり一線級の指揮を執ってきた「勝負の鬼」が母校の指揮官に就任したことは、東京六大学の勢力図を大きく塗り替える引き金となりました。
堀井監督がもたらした最大の変革は、学生主体の自主性に「勝負に直結する厳密な規律とデータ活用」を組み込んだ点です。トラックマンなどの弾道測定機器を用いた数値分析を徹底しつつも、グラウンド内外での人間形成を疎かにしない指導方針は、部員約180名という大所帯を一枚岩に束ね上げています。公の場で見せる冷静沈着な立ち振る舞いと、要所で見せる勝負師としての鋭い眼光は、名門のプライドと実利を兼ね備えたリーダーの鑑と言えます。