怪物・大谷翔平を形作った大きな要因が、社会人野球の選手として活躍した父・徹氏の徹底した指導方針です。徹氏は水沢リトルおよび中学時代の一関リトルシニアでコーチや監督を務めましたが、我が子に対して感情的に怒ることは一切ありませんでした。
徹氏が最も大切にしたのが、大谷選手が小学3年生から5年生頃まで毎日書き続けた「交換野球ノート」です。試合や練習での反省点、次の目標、気付いた技術的な課題を翔平少年が書き込み、父がアドバイスを返信するという対話形式のノートでした。そこで徹底して叩き込まれたのは、次の3つの基本原則です。
・大きな声を出し、元気にプレーすること
・キャッチボールを丁寧に、基本を大事にすること
・一生懸命に全力で走ること
高度な技術論を押し付けるのではなく、「なぜ失敗したのか」「どうすれば良くなるのか」を子ども自身に考えさせる習慣を根付かせました。この自発的な振り返りのプロセスこそが、後に花巻東高校で作成される有名な目標達成シート(マンダラチャート)の土台となっています。