ふたりの出会いは1965年、険しい岩壁で名高い谷川岳でした。当時、昭和女子大学を卒業後に社会人山岳会に所属し、本格的に岩登りを始めていた淳子氏(旧姓・石橋)は、男性優位の山岳界において「女性だから」と過小評価される空気に強い憤りと悔しさを抱えていました。
そんな中、卓越したクライミング技術を持ちながらも、女性を見下すことなく一人の登山者として公平に接したのが政伸氏でした。当時の手記や回想録によると、険しい岩場で的確なアドバイスを送り、互いにザイル(命綱)を結び合う中で、ふたりの間には強固な信頼関係が育まれていったと記録されています。
出逢いから約2年後の1967年にふたりは結婚。当時としては極めて珍しい「登山を共通のライフワークとする共働き夫婦」としての生活をスタートさせました。結婚後も週末になればふたりで山へ向かい、1969年には淳子氏が「女子だけで海外遠征を」という志を掲げて「女子登攀(とうはん)クラブ」を設立する際にも、政伸氏は全面的にその構想を後押ししました。