伊藤リオン氏の経歴を語る上で欠かせないのが、卓越した運動神経とサッカー選手としてのエリート街道です。彼はパナマ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、国籍は日本です。恵まれた体躯と天性の身体能力を持ち、小・中学生時代はまさに「将来のJリーガー候補」として注目を集めていました。
中学時代にはJリーグ屈指の育成組織である読売日本SC(現・東京ヴェルディ)ジュニアユースに所属。ポジションはフォワードで、同期や指導陣からもそのスピードと決定力は高く評価されていました。しかし、強烈な自己主張や気性の荒さ、思春期の環境の変化などが重なり、高校進学の前後でサッカーの道を断念することになります。
ピッチを去った彼が足を踏み入れたのが、杉並・世田谷地域を拠点とする暴走族コミュニティでした。抜群の喧嘩の強さと度胸を買われ、当時勢力を拡大していた関東連合のOBらと急接近。アスリートとしての情熱が、夜の繁華街での暴力と上下関係へとすり替わっていった過程は、当時の都市部における少年非行の典型例でもありました。