誠道会の現在と解散の真相|道仁会抗争の歴史から浪川会の動向まで追跡

誠道会の現在と解散の真相|道仁会抗争の歴史から浪川会の動向まで追跡

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誠道会の歴史を紐解く上で避けて通れないのが、母体であった指定暴力団・道仁会(福岡県久留米市)の跡目争いです。2006年5月、道仁会の二代目会長が引退を表明し三代目会長を指名した際、これに反発した副会長の小林哲治(初代・九州誠道会会長)や傘下組長らが離脱し、同年「九州誠道会」を結成しました。

ここから約7年間にわたる泥沼の対立抗争が勃発します。自動小銃や手榴弾が使用されるなど白昼の住宅街や病院で銃撃事件が相次ぎ、2007年には佐賀県武雄市の病院で一般市民が組員と誤認されて射殺される痛ましい事件が発生。社会全体に大きな衝撃と恐怖を与えました。

歴代の最高幹部としては、初代会長の村神長二郎(本名・朴政浩、のちに浪川政浩と名乗る体制へ移行)が組織運営を主導。強固な統制と独自のネットワークで勢力拡大を図りましたが、激化する警察の取り締まりと司法の追及により、組織の改編を余儀なくされていきました。

組織・フェーズ本部所在地・主要拠点主な歴史的経緯・背景法的指定状況・治安評価九州誠道会(結成期)福岡県大牟田市2006年に道仁会から分裂し旗揚げ。激しい対立抗争へ突入。指定暴力団 / 特定抗争指定(厳戒態勢)誠道会解散・浪川睦会福岡県大牟田市2013年に警察へ解散届提出。抗争終結宣言ののち新組織へ移行。実質的な看板架け替えとして警戒継続現在の浪川会(2026年)福岡県大牟田市構成員数は大幅減退。警察の継続的取り締まりと暴排条例下に直面。指定暴力団(厳重監視・資金源追及)
橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。