精神分析学の観点からこの現象を紐解くと、小児精神分析医ドナルド・ウィニコットが提唱した「移行対象(Transitional Object)」という概念に行き着きます。本来は、乳幼児が母親から自立する過程で不安を和らげるために握りしめるタオルや毛布を指しますが、大人になっても強い環境変化や孤独感に直面した際、特定の対象に安心感を委ねる「大人のぬいぐるみ症候群」として現れることがあります。
これは退行現象(赤ちゃん返り)というよりも、過酷な現実から自身の精神を守るための極めて合理的なセルフケアの一種です。触覚を通じた癒やしの効果は神経科学的にも実証されており、柔らかく温かみのある熊のぬいぐるみを抱きしめることで、脳内では「絆ホルモン」と呼ばれるオキシトシンが集中的に分泌されます。オキシトシンには血圧を安定させ、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑制する強い鎮静効果があります。
「ぬいぐるみに話しかける」という夫の行動も、心理学的には「外在化(Externalization)」と呼ばれる思考整理のプロセスです。人間に話せば「そんなことで悩んでいるの?」「もっと頑張りなよ」とアドバイスや反論が返ってくるリスクがありますが、ぬいぐるみは黙って自分の言葉を全肯定で受け止めてくれます。夫は熊を相手に思考や感情を言語化することで、自分自身のメンタルを客観視し、心の平穏を取り戻しているのです。