清太(せいた)と妹の節子(せつこ)が身を寄せた西宮の叔母の家での生活は、悲劇への決定的な分岐点だった。叔母は兄妹に対し、時に刺々しい言葉をぶつける。「お国のために働かない者に飯を食わせる余裕はない」という非情な言い分は、物資が壊滅的に不足していた当時の日本における、生き残るための残酷な現実主義そのものであった。
しかし、清太は海軍大尉である父親の存在と自身のプライドに固執し、勤労奉仕や警防団の活動へ参加することを嫌がった。居心地の悪さと自尊心への傷つきから、彼は叔母の制止を振り切り、横穴での二人暮らしを選択する。一見すると妹を守るための決断に見えるこの避難こそが、社会からの救援を自ら遮断し、壊滅的な困窮へ突き進む直接の引き金となった。