徹子の父、黒柳守綱(もりつな)の名を抜きにして、日本の近代音楽史を語ることはできない。大正から昭和初期にかけて、日本初の本格的なプロオーケストラである新交響楽団(現NHK交響楽団)のコンサートマスターを務めた伝説的人物だ。その繊細かつ情熱的なヴァイオリンの音色は、名指揮者ジョセフ・ローゼンストックら海外の巨匠たちからも絶賛された。
守綱は単なる演奏家にとどまらず、妥協を一切許さない苛烈なまでの芸術家気質と、権力に屈しない反骨精神の持ち主だった。戦時中、軍部の干渉に抗い、自らの音楽的信念を曲げなかったエピソードは語り草となっている。シベリア抑留という壮絶な試練を経験しながらも決して失われなかった音楽への執念。幼少期の徹子が耳にした父の澄んだ音色と生き様こそが、彼女の美学の根幹を形作った。