大原麗子の結婚歴を振り返るとき、世間は往々にして「恋多き女性の悲劇」として語りがちだ。しかし、渡瀬恒彦や森進一との離婚劇の裏にあった真実は、決して単純なものではない。
彼女が選んだのは、誰かの「妻」として安寧に生きることではなく、自分自身の足で立つ「大原麗子」という存在であり続けることだった。愛した男性たちを否定したのではなく、自分の中にある表現者としての業を偽ることができなかったのだ。
晩年は難病であるギラン・バレー症候群との闘病や孤独とも戦った彼女だが、自宅には最期まで最初の夫・渡瀬恒彦の写真が大切に飾られていたという。愛を諦めたのではなく、愛しすぎるがゆえに距離を置くという選択。波乱に満ちた女優人生の陰には、あまりにも純粋で不器用な一人の女性の素顔が存在していた。