裁判終結後、秋田明大は故郷である広島県へ帰郷しました。かつての学生運動指導者が政治家や大学教授、評論家へと転身するケースが散見される中、秋田は一切の既得権益や運動の余禄を求めず、民間の一市民としての生活を選び取りました。
地元・広島では建材・土木関連の仕事や各種自営業に携わった後、広島市内で居酒屋などの飲食店を経営していた時期がありました。この居酒屋には、当時の熱気を知る元活動家やジャーナリスト、日大同窓生が全国から訪れ、カウンター越しに秋田と静かに語り合う場となっていたことが関係者の証言取材で明らかになっています。
店舗を訪れた関係者によると、店主としての秋田は当時の武勇伝を自慢げに語ることは一切なく、穏やかな笑顔で客の話に耳を傾ける物静かな人物であったといいます。その後、高齢となったことで飲食店事業は畳み、近年はメディアへの露出を極力控えながら、広島県内で平穏な引退生活を送っています。2010年代後半から2020年代にかけて行われた節目の歴史インタビューや回顧録の出版を除き、表立った政治的発言を行うことはありません。