皇室の歴史において、先帝の誕生日がどのように祝日として扱われてきたのか。歴代天皇の誕生日と戦後の変遷を一覧化することで、近現代の日本がいかに祝日を再編してきたのかという構造が見えてきます。
※大正天皇の天長節は夏季の酷暑を避けるため、1913年以降は祝祭儀式を行う「天長節祝日」が10月31日に設定されていました。
ここで注目すべきは、「昭和の日」と「明治の日」を巡る法制度上の決定的な差異です。昭和天皇崩御後の4月29日は、まずゴールデンウィークの連休を破壊しない現実的要請から「みどりの日」と名を変えて存続し、その後十数年の論争を経て2007年に「昭和の日」への単独改称が成立しました(みどりの日は5月4日にスライド)。
対して11月3日の場合、「文化の日」という名で半世紀以上にわたり「平和憲法制定と文化振興」という強力な教育的・社会的意味づけが定着しています。名称を「明治の日」に変更する場合、憲法公布記念という歴史的文脈をどう継承するのか、あるいは別日に新たな祝日を新設するのかという、昭和の日以上に高度な政治的合意形成が求められる構造にあります。