桜梅桃李という言葉のルーツは、鎌倉時代の仏教思想に遡ります。日蓮が門弟に向けて説いたとされる法華経の講義録『御義口伝(おんぎくでん)』(弘安元年・1278年成立と伝えられる)の一節に、次のような記述が存在します。
「桜梅桃李の己々の当体を改めずして無作三身と開見す」
ここにある「当体(とうたい)を改めず」という表現こそが、最大の思想的ポイントです。自らの本質や生まれ持った生命のあり方を無理やり別の何かに作り替えるのではなく、ありのままの自分自身の姿のままで最高の境地・価値を発揮できるという覚醒を説いています。
仏教哲学におけるこの考え方は、時代を下るごとに教育理念や文芸の領域へと浸透していきました。類語としては、中国古代の詩文に由来する「楊梅桃李(ようばいとうり)」が存在するほか、近世以降の日本のことわざや四字熟語で言えば「十人十色」「百花繚乱」「千差万別」などが類似のニュアンスを持ちます。しかし、自然の草木が持つ固有のリズムと開花プロセスに寄り添い、個人の尊厳をここまで鮮やかに肯定した表現は、桜梅桃李を置いて他にありません。