取材現場で多くのネイティブが指摘するのは、日本語の「私も」という感覚をそのまま直訳して当てはめる危険性です。ドラマの登場人物同士が軽快に「ナド!」と返答している場面を見て、「誰に対してもカジュアルに使える便利な相槌」と誤認してしまう学習者が少なくありません。しかし、韓国語の「私も」において敬語とタメ口の使い分けを曖昧にすることは、社会的マナーの放棄と見なされるリスクを孕んでいます。
この摩擦が起きる根本的な理由は、韓国語における一人称の厳格な構造にあります。韓国語で自分を指す言葉には、対等または見下ろす立場から発する「ナ(나)」と、相手に対して自身をへりくだる謙譲の「チョ(저)」の2種類が存在します。「ナド」は「ナ(나)」に助詞の「ド(도=〜も)」が付いた形であるため、発声した瞬間に相手を「自分と同等かそれ以下の立場」として規定してしまいます。
ソウル市内の大学付属語学堂で教鞭を執るベテラン講師は次のように証言します。「韓国社会において言葉の敬称選択は、相手の年齢、立場、親密さに対する敬意の表明そのものです。年上やビジネスの相手に対し、親近感のつもりで『ナド』と言ってしまうと、相手は『自分が見下された』あるいは『礼儀を知らない無作法な人物だ』と受け取らざるを得ません」。
逆に、韓国語で「私も」と言っても失礼にならない理由は、謙譲表現である「チョ(저)」を土台に据えている点にあります。自身を一段下げて相手を立てる「チョド(저도)」を選択し、末尾に丁寧の助詞「ヨ(요)」を付与して「チョドヨ(저도요)」と発音することで、相手に対する敬意と適切な社会的距離感を完璧に維持できます。日本語以上に人間関係の境界線(バウンダリー)に敏感な文化圏だからこそ、土台となる一人称の選定が決定打となります。