本作を語る上で避けて通れないのが、仲村さんと佐伯さんの最後のコントラストです。春日を巡って激しく反目し、まったく相容れなかったふたりの少女は、物語の終幕でそれぞれどのような場所に辿り着いたのでしょうか。
佐伯さんが「結婚し、子どもを持ち、社会の制度の中で穏やかに生きる道」を選んだのに対し、仲村佐和は「海辺の小さな町で、誰とも群れず、居酒屋で働きながら淡々と日々を送る道」を選びました。一見すると対極の結末に見えます。しかし、本質においてはふたりとも同じ救済に辿り着いています。
かつて「山に囲まれたこの街の人間は全員クソ虫だ」と叫び、世界を激しく拒絶していた仲村さんは、最終話において普通の客に料理を運び、夕暮れの海を静かに眺める女性になっていました。彼女もまた、世界を呪うエネルギーを使い果たし、日常を受け入れる平穏を手に入れたのです。
作者の押見修造氏はインタビュー等で、「思春期の狂気や自意識の暴走を描きたかっただけでなく、それを通り抜けた先にある『生きていくことの肯定』を描きたかった」という趣旨の述懐を残しています。佐伯さんの家庭生活も、仲村さんの静かな労働も、思春期の嵐を生き延びた者たちに与えられた、かけがえのない現実の果実だったのです。