文部科学省が学習指導要領で打ち出した「指導と評価の一体化」の本来の趣旨は極めて明快です。それは、「指導した状況を評価し、その結果を次の指導に生かし、その成果を再度評価していく」という指導と評価の循環(PDCAサイクル)を回すことに他なりません。評価は子どもを選別・序列化するための道具ではなく、授業を改善し、子ども自身が自らの学びを調整するための支援装置であるはずでした。
ところが現場の現実は、皮肉にもその崇高な理念とは真逆の方向へ暴走しました。多くの学校でこのシステムが形骸化してしまった背景には、主に3つの構造的要因が存在します。
第1に、「総括的評価」と「形成的評価」の致命的な混同です。本来、日々の机間巡視や発言の観察で行うべきは、子どものつまずきをその場で修正するための「形成的評価」です。しかし多くの現場では、「後で通知表の根拠として説明できるように」と、毎時間全員分のA・B・C評価をExcelシートや手帳に記録し続ける作業に追われています。指導のための評価が、いつの間にか「指導要録・通知表づくりのためのアリバイ工作」にすり替わっているのです。
第2に、「主体的に学習に取り組む態度」における情意・態度の誤謬が挙げられます。新学習指導要領におけるこの観点は、「粘り強い取り組みを行っているか」「自らの学習を調整しようとしているか」という意思決定のプロセスを見取るものです。ところが、客観的な記録を残そうと焦るあまり、「挙手の回数」「ノートの文字数やレイアウトの美しさ」「教員への従順な態度」といった、本来の資質・能力とは無関係な表面的な行動様式を点数化してしまう本末転倒が各地で常態化しました。
第3に、単元全体を見通した逆算設計(バックワード・デザイン)の欠如です。1時間の授業ごとに「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点すべてを評価しようとする無理な計画を立てるため、授業の半分が見取りと小テスト、振り返りシートの記入で消えてしまい、深い探究や対話の時間が奪われる事態に陥っています。