ネット上のQ&Aサイトや解説記事では、「二点しんにょうは旧字体であり、一点しんにょうは戦後に作られた略字・新字体である」という説明が散見されます。しかし、書道史や漢字の字形史から見ると、この認識は明確な誤解です。
しんにょうの元々の成り立ちは、「十字路」を象った「行」という漢字の左半分(彳:ぎょうにんべん)と、「足」を象った「止」を組み合わせた「辵(ちゃく)」という文字です。古代の篆書(てんしょ)から隷書(れいしょ)、楷書(かいしょ)へと書体が進化していく過程において、歴史上の名筆家たち(王羲之など)の手書き文字を見ると、しんにょうは筆の勢いで1本の波線、あるいは「点1つ+屈折」で流れるように書かれるのが一般的でした。つまり、手書きの歴史においては「点1つ」のスタイルこそが何百年もの間、自然な筆法として愛用されてきたのです。
では、なぜ「点2つ」が登場したのでしょうか。それは18世紀初頭の中国・清の時代に編纂された『康煕字典』において、部首の「辵(ちゃく・4画)」の形を几帳面に文字の骨格として残すため、印刷用の明朝体活字として人工的に「点2つ(⻌)」の形に固定したことに端を発します。明治時代にこの康煕字典の活字設計が日本にそのまま輸入された結果、「活字=点2つ」というルールが定着しました。
文化庁が2016年に発表した『常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)』でも明確に示されている通り、「印刷文字の字形差」と「手書きの文字」は完全に切り離して考えるべきものです。手書きにおいて点を1つにしようと2つにしようと、あるいは曲がり角を何回折ろうと、それは書風やデザインの差異に過ぎず、文字としての正誤の対象ではないという歴史的事実は、広く知られるべき盲点といえます。