孔子「60にして耳順う」の真意とは?還暦の壁を超える人間関係の極意

孔子「60にして耳順う」の真意とは?還暦の壁を超える人間関係の極意

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ネット上の掲示板やSNSでは、「60代になっても耳順どころか、年配の上司ほど人の話を聞かず頑固になる」「孔子の教えは理想論に過ぎないのではないか」といった懐疑的な投稿が散見されます。キャリア系コラムでも「孔子の言葉はキャリア形成の観点からはそのまま当てはまらない部分がある」といった鋭い指摘がなされています。

しかし、これは「年齢を重ねれば、誰でもオートマチックに耳順になれる」と誤解しているからにほかなりません。孔子自身、何もしないで漫然と生きて60歳を迎えたわけではないのです。

歴史的事実を検証すると、孔子が60歳を迎えたのは紀元前492年前後。当時の孔子は、理想政治を実現しようと魯の国を出てから数年が経過し、衛や陳、宋などの国々を放浪していた真っただ中でした。宋の国では司馬の桓魋(かんたい)に命を狙われ、匡(きょう)の地では凶悪犯と間違われて監禁されるなど、文字通り死線をくぐる屈辱と誹謗中傷に晒され続けていたのです。

そうした過酷な現実の中で、権力者の冷笑、民衆の無理解、さらには直情的な愛弟子・子路(しろ)からの率直すぎる抗議や批判など、無数の「耳の痛い言葉」を浴び続けました。その痛烈な体験の蓄積と、自己を徹底的に見つめ直す内省があったからこそ、孔子は「相手がいかに刺々しい言葉をぶつけてこようと、私自身の尊厳は何一つ傷つかない」という受容の境地にたどり着いたのです。

認知科学や加齢心理学の研究でも明らかになっている通り、人間の脳は加齢とともに前頭葉の機能が徐々に変化し、放っておけば認知の柔軟性が低下して確証バイアス(自分の信じたい情報ばかりを集める傾向)が強まります。つまり、意識的な内省や訓練を行わなければ、人間は60歳になると「耳順」になるどころか「頑固化・老害化」していくのが生物学的な初期設定なのです。孔子の「耳順」とは、受動的な老化ではなく、生涯をかけた修養によってのみ到達できる高度な精神的筋肉の獲得であったといえます。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。