東京オリンピックで金メダルを獲得した登録メンバー12名は、大会後にそれぞれの人生を歩み出しました。過酷な独身生活とバレー漬けの日々から解放され、大松監督の尽力もあって多くが家庭を持ち、指導者やスポーツ振興の道へと進みました。
【1964年東京五輪登録メンバー12名】
- 笠井昌枝(主将・セッター):チームを統率した精神的支柱。引退後はママさんバレーの指導や日本代表コーチを務め、2008年にバレーボール殿堂入り。2013年に享年78で逝去。
- 宮本恵美子(エースアタッカー):滞空時間の長いスパイクで得点を量産。引退後は教育や普及活動に尽力。2026年に享年86で逝去。
- 谷田絹子(アタッカー):「下町の太陽」と親しまれた主砲。豪快なスパイクで世界を圧倒。2026年に享年81で逝去。
- 半田百合子(アタッカー):回転レシーブの第一人者として守備の要を担った。引退後は後進の育成に貢献。
- 松村好子(アタッカー):実力派として攻守に安定感を発揮。日紡貝塚の主将も経験。
- 磯辺サタ(アタッカー):チーム最年少の19歳で金メダル獲得に貢献。2016年に享年72で逝去。
- 松村勝美(アタッカー):長身を活かしたプレーで活躍。1967年世界選手権でも主力を担う。
- 篠崎洋子(アタッカー):多彩な攻撃でチームを支えた実力者。
- 佐々木節子(レシーバー):確実な守備とサーブで勝利に貢献。
- 藤本佑子(レシーバー):卓越したレシーブ力でディフェンス陣を支えた。
- 近藤雅子(レシーバー):控えながら高い守備力でチームの層を厚くした。
- 渋木綾乃(レシーバー):勝負どころでの堅実な守備で金メダルを支えた。
歳月の経過とともに鬼籍に入られたメンバーも少なくありませんが、ご存命の元選手たちは地域のスポーツ振興や講演活動などを通じ、当時の貴重な経験と精神を次の世代へと伝え続けています。