主演交代劇の裏で、倉本氏とNHK演出陣との対立は決定的なレベルに達していました。最大の降板理由は、脚本に対する現場での無断改変と、ドラマ制作の哲学をめぐる妥協なき衝突です。
倉本氏は当時のインタビューや後年の回想録で、「現場でセリフが勝手に書き換えられ、意図した人間ドラマのリズムが破壊されていた」と強い憤りを明かしています。自らの言葉に命を削る脚本家としての矜持と、巨大組織としてのスケジュールと視聴率を最優先するNHKの論理が真っ向からぶつかり合いました。
耐えかねた倉本氏は、第26話前後の脚本を書き上げた後、誰にも行き先を告げずに東京の仕事場から忽然と姿を消しました。いわゆる「倉本聰失踪事件」です。携帯電話もインターネットもない時代、脚本家との連絡が完全に途絶えたNHKはパニックに陥り、急遽代筆の脚本家チーム(山内久氏ら)を投入して大河ドラマ勝海舟の脚本交代を発表しました。これが、両者の決定的な絶縁の瞬間となりました。