観光ガイドやネット上の言説で頻繁に取り上げられるのが、「レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチが海を渡り、さざえ堂の設計に影響を与えたのではないか」という説です。フランスのシャンボール城にある有名な二重螺旋階段(ダ・ヴィンチが考案したとされる)と会津さざえ堂の構造が酷似していることから、ロマンあふれる仮説として語り継がれてきました。
しかし、建築史学や日欧交渉史の綿密な調査により、現在では以下の事実が明らかになっています。
当時の会津藩は学問が盛んであり、長崎出島を通じてオランダの医学書や洋書(蘭書)が持ち込まれていました。郁堂禅師が何らかの図面や幾何学スケッチを目にした可能性を完全に否定することはできません。しかし、「設計図が直接伝わった証拠となる文献記録」は存在しません。
日本国内には古くから「栄螺(さざえ)堂」と呼ばれる螺旋階段状の仏堂(本所さざえ堂など)が存在しており、郁堂禅師はそれらの先行事例を研究した上で、混雑緩和と仏教の右回り礼拝を両立させるために独自に「スロープ式二重螺旋」を考案したとみるのが学術的には最も有力です。西洋の幾何学知見を咀嚼しつつ、日本の宮大工の木工技術で具現化した「和洋の知恵の結晶」と捉えるのが、過度の神話化を排した客観的な真実といえます。