本作が「究極の鬱ドラマ」と称され、視聴者の脳裏に焼き付いて離れない最大の要因は、最終第12話におけるあまりにも苛烈な結末にあります。
妹・ななの手術費用を得るため、まりあは神谷潤からの屈辱的な要求を受け入れ、自らの尊厳を犠牲にし続けました。しかし、士郎の精神は崩壊の一途をたどり、まりあへの愛と自身の無力感の間で引き裂かれていきます。周囲の策略によって精神病院へ隔離され、薬物投与と暴力によって廃人同様となった士郎を、まりあは命がけで救出します。
2人が最後に辿り着いたのは、荒涼とした冬の海辺――まさにタイトルが示す「この世の果て」でした。
失明の危機を脱し、まりあの自己犠牲によって光を取り戻した妹・なな。しかし、その光の中でななが目にする日常の裏で、まりあは血まみれとなり息絶えようとする士郎を抱きしめていました。士郎はまりあの腕の中で静かに息を引き取り、まりあはその亡骸の傍らで虚無と永遠の愛を胸に海を見つめます。
「誰かを救うためには、別の誰かが決定的に破滅しなければならない」という冷徹なトレードオフの構造が、観る者に強烈なカタルシスと同時に癒えない傷痕を残したのです。