客観的な科学データがこれほど危険な汚染を示しているにもかかわらず、なぜインドの人々はためらうことなくガンジス川に飛び込み、時にはその水を口に含むのでしょうか。この行動を理解するには、西欧的な「衛生観(Cleanness)」とヒンドゥー教的な「聖性(Purity)」の決定的な違いを知る必要があります。
ヒンドゥー教の宇宙観において、ガンジス川は天上界から地上へ降り注いだ女神「ガンガー」そのものです。天上の激流がそのまま地上に落ちると世界が破壊されてしまうため、シヴァ神が自らの髪でその衝撃を受け止めて地上へ導いたという神話が深く信じられています。信徒にとって、ガンジス川は物理的な「水(H2O)」ではなく、触れるものすべての現世の罪業(カルマ)を洗い流す絶対的な聖水なのです。
現地の人々にとって、水中に大腸菌や化学物質が含まれているという物理的・科学的な事象は、女神ガンガーの持つ超越的な霊力の前では二次的な問題にすぎません。「肉体が病気になろうとも、魂が浄化され解脱に近づけるなら本望である」という強烈な死生観が存在するため、毎朝昇る太陽に向かって祈りを捧げ、老若男女が笑顔で沐浴を繰り返しています。この精神構造を無視して単なる「衛生管理の遅れ」として片付けることはできません。