岩手県水沢市(現・奥州市)出身の佐藤涼平選手は、水沢南中学校時代から俊足巧打の選手として知られ、佐々木洋監督率いる花巻東高校へ進学しました。当時の高校野球界において、佐藤涼平選手の公称身長155cmという体躯は際立って小柄でした。しかし、彼はその体格差を圧倒的な努力と卓越した戦術眼で最大の武器へと変貌させました。
佐藤選手が全国にその名を轟かせたのが、2009年の春の選抜大会(センバツ)と夏の全国高校野球選手権大会です。2番・中堅手として定着した佐藤選手は、相手投手の投球を徹底的にファウルにして球数を投げさせる「カット打法」を極限まで磨き上げました。ストライクゾーンを極限まで狭め、どんな際どい球でもバットの芯をわずかに外して三塁側スタンドへと打ち分ける技術は、対戦校のエースたちを肉体的・精神的に追い詰めました。
佐藤選手の経歴を語る上で欠かせないのが、出塁後のプレッシャーです。塁に出れば果敢に盗塁を仕掛け、シングルヒット1本で一気に三塁を陥れる走塁センスを発揮しました。2009年春のセンバツ準優勝、そして同年夏の甲子園ベスト4という花巻東高校の快進撃は、絶対的エース菊池雄星投手の力投だけでなく、トップバッターの柏葉康貴選手と佐藤涼平選手が形成した「変幻自在の1・2番コンビ」が相手守備陣を攪乱し続けた結果でした。