吉永小百合が「奇跡」と称される背景には、10代から20代にかけて見せた圧倒的なスクリーンでの輝きと、そこから半世紀を経ても失われない透明感のコントラストがあります。
1957年、小学校6年生のときにラジオドラマ『赤胴鈴之助』で芸能界入りを果たし、1960年に『ガラスの中の少女』で銀幕デビューを飾りました。1962年に主演した映画『キューポラのある街』では、過酷な貧困と差別に直面しながらも前を向いて生きる少女・ノブ子役を熱演し、当時としては異例の若さである17歳でブルーリボン賞主演女優賞を受賞しました。
当時のブロマイド売上は常にトップを独走し、熱狂的なファンを指す「サユリスト」という社会現象を生み出しました。サユリストには一般の映画ファンのみならず、ノーベル文学賞作家の川端康成や三島由紀夫、タレントのタモリなど、名立たる文化人や知識人が名を連ねたことで知られています。白黒からカラーへと移り変わる日本映画黄金期の映像資料を見ても、その清純さと凛とした目力は現代の若者をも惹きつける普遍的な魅力に満ちています。