「マイクロチップが入っているから大丈夫」という過信が、いかに現場で裏目に出ているか――迷子犬捜索を専門に行うペット探偵や保護団体のスタッフは一様に危機感を口にします。環境省が公表する動物愛護管理行政事務提要の推移を見ても、所有者不明で引き取られた犬のうち、飼い主へ返還される割合は全国平均で依然として約3〜4割前後に留まります。この数字の背景には、マイクロチップと迷子札の違いを正しく理解していないことによる「初動の空白時間」が存在します。
マイクロチップは皮膚下に埋め込まれた直径約1.4ミリ、長さ8ミリ程度の円筒形電子タグであり、GPSのような位置追跡機能は一切ありません。専用の読み取り機(リーダー)を数十センチ以内に近づけなければ、15桁の識別番号を把握することすら不可能です。もし愛犬が雷や花火、地震でパニックになり脱走した際、最初に発見・保護するのは警察や獣医師ではなく、散歩中や帰宅途中の一般市民であることが大半を占めます。
近隣住民が善意で犬を保護しても、家庭にリーダーがあるはずもありません。夜間や休日に保護された場合、翌朝や週明けまで動物病院や保健所へ連れて行くことができず、保護者が保管に困り果てて警察へ預けざるを得なくなります。さらに、環境省の「犬と猫のマイクロチップ情報登録」データベースへ照会をかけて飼い主情報が判明するまでには、数時間から丸一日のタイムラグが発生します。その間に愛犬が脱走を繰り返したり、ストレスによる体調悪化を招くケースが後を絶ちません。
一方、外見からひと目で連絡先が確認できる迷子札を装着していれば、保護したその場でスマートフォンから飼い主の携帯へ直接電話が入ります。迷子犬の発見率と理由を追跡した民間調査では、保護から1時間以内に再会できたケースの85%以上が迷子札や連絡先記載の鑑札を直接身につけていたという現場データもあります。マイクロチップが行政的な「最終セーフティネット」であるならば、迷子札は地域社会で即座に機能する「第一連絡網」です。両者は競合するものではなく、二重に備えるべき車の両輪と言えます。