体は剣でできている詠唱全文と英語の意味|士郎とアーチャーの違い

体は剣でできている詠唱全文と英語の意味|士郎とアーチャーの違い

体は剣でできている詠唱全文と英語の意味|士郎とアーチャーの違いにまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

日本語訳だけを比較すると、最後の1節(「きっと剣で出来ていた」と「無限の剣で出来ていた」)以外はほぼ同じテキストが当てられています。しかし、英語原文を見比べると第4節以降の単語が全く異なることに気付かされます。ここには、原作者・奈須きのこ氏が仕掛けた極めて切実な心理描写と伏線が存在します。

アーチャーの第4節・第5節は「Unknown to Death. Nor known to Life.(死に知られず、生にも知られず)」。死者として安らぐこともできず、生きている人間としての実感も得られないまま、守護者として人類の虐殺を代行させられ続けた果てしない絶望が刻まれています。そして第7節の「Yet, those hands will never hold anything.(だが、その手が何かを掴むことは決してない)」というフレーズには、誰かを救い続けたはずなのに自らの掌には何一つ残らなかったという痛切な虚無感が滲み出ています。

対して、未来の自分であるアーチャーの絶望を突きつけられながらも、己の理想を貫く決意を固めた衛宮士郎の詠唱はどうでしょうか。第4節・第5節は「Unaware of loss. Nor aware of gain.(失うことを恐れず、得ることも求めず)」。損得勘定や報われない結末など最初から織り込み済みであるという覚悟の宣言です。

さらに第6節には「waiting for one’s arrival(誰かの到来を待ち望みながら)」という言葉が追加され、第7節では「I have no regrets. This is the only path.(後悔など何一つない。これこそが唯一の道なのだから)」と力強く言い切ります。同じ「他者のために剣を鍛え続ける人生」でありながら、過去の絶望に囚われた男と、呪われた未来を知った上で自ら地獄へ足を踏み出す少年の精神性の分岐が、この数行の英語の違いに凝縮されています。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。