葛飾北斎はなぜ「画狂老人卍」を名乗った?晩年の狂気と代表作の秘密

葛飾北斎はなぜ「画狂老人卍」を名乗った?晩年の狂気と代表作の秘密

葛飾北斎はなぜ「画狂老人卍」を名乗った?晩年の狂気と代表作の秘密の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

Q1:「画狂老人卍」の正しい読み方は何ですか?
A1:「がきょうろうじんまんじ」と読みます。75歳頃から90歳で亡くなるまでの晩年に使用された北斎の最終画号です。

Q2:なぜ「卍(まんじ)」という記号を名前に使ったのですか?
A2:仏教(特に北斎が深く信仰した日蓮宗)において吉祥や宇宙の根源、無限・永遠を表す神聖な印であり、自らの絵画に永遠の生命力を吹き込む祈りと自己のアイデンティティを込めて名乗りました。

Q3:画狂老人卍の代表作を実際に見るにはどこに行けばいいですか?
A3:長野県小布施町の「北斎館」には晩年の肉筆画や祭屋台天井画が常設展示されています。また、東京都墨田区の「すみだ北斎美術館」や東京国立博物館でも定期的に企画展で公開されています。

Q4:葛飾北斎の最後の言葉(辞世の句)は何ですか?
A4:北斎は臨終の際、「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし(あと5年生きられたら、本物の絵描きになれたものを)」と言い残したと伝えられています。また、辞世の句として「ひと魂で ゆく気散じや 夏の原」(火の玉となって夏の野原を気ままに飛んで行こうか)を残しました。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。