今戸神社の魅力は現代の恋愛祈願だけにとどまりません。歴史を紐解くと、江戸時代後期の地場産業であった「今戸焼」に端を発する「招き猫発祥の地」としての顔を持っています。嘉永5年(1852年)、浅草に住む老婆が愛猫を手放したところ、夢枕に立った猫の「私の姿を模して土人形を作れば福が来る」というお告げに従って今戸焼の猫を作ったのが大流行の発端とされています。
また、幕末ファンにとって見逃せないのが「沖田総司 終焉の地」の顕彰碑です。新選組の天才剣士として知られる沖田総司は、結核療養のため幕府の医師・松本良順のもとに身を寄せ、この今戸神社(当時、松本良順が宿舎としていた敷地内)で短い生涯を閉じたと伝えられています。
さらに、同社は浅草名所七福神の「福禄寿(ふくろくじゅ)」も合祀しており、縁結びだけでなく長寿・福徳・人望といった人生全般の幸福を授ける包括的な神域として、古くから地域住民に敬われてきました。