『ハリー・ポッター』の魔術世界における杖の描写には、原作小説を精読しなければ見落としがちな重要設定が幾重にも張り巡らされています。その代表格が「破損した杖の修理」に関する過酷な制約です。
『秘密の部屋』でロンの杖が暴れ柳によって折れた際、ロンは魔法のセロテープで修復して使い続けました。結果、呪文の逆噴射を引き起こし、ナメクジを吐き続ける悲劇に見舞われます。実は、一度物理的に芯材まで破壊された杖は、いかなる高度な魔法を用いても元通りに修復することは不可能というのが魔法界の鉄則です。通常、杖が折れた魔法使いは買い替えるしか道がありません。
全編を通じて唯一この法則を打ち破った例外が、ハリーが手に入れた「ニワトコの杖」の絶大な魔力を用いて、自身の折れたヒイラギの杖を修復した瞬間でした。映画版ではハリーがニワトコの杖を真っ二つに折って谷底へ投げ捨てる描写に変更されたため、この「自らの原点であるヒイラギの杖を取り戻す」という原作屈指のエモーショナルな文脈が抜け落ちてしまい、ネット上で誤解が定着する原因となっています。
また、「他人の杖を借りて戦う」ことの危険性も軽視されがちです。奪ったわけでもなく、ただ好意で貸し借りされた杖は、決して本来の威力を発揮しません。杖は自らを選んだ主人の癖を記憶しており、別人の魔力に対しては「怠惰でぎこちない反応」を示すようになります。杖とは単なる魔力を増幅する道具ではなく、使い手と不可分に結びついた「魂のパートナー」なのです。