ロックバンドの解散後、本名である高瀬浩一は次なる音楽の表現方法を模索していた。そこで出会ったのが、当時日本に上陸し始めていたディスコカルチャーであり、レコード2枚とターンテーブルで新たなサウンドを紡ぎ出す「DJ」という職業だった。ギタリストとして培った圧倒的なリズム感と楽曲構成力を武器に、彼は夜の街へと飛び込んでいく。
しかし、最初から華やかなスポットライトを浴びられたわけではない。名もないDJとして、クラブやディスコの下積みを重ねる日々が続いた。重いレコードバッグを抱えて夜な夜な現場を回り、フロアの客の反応を体全身で感じ取りながら選曲スキルを磨き上げた。後に創立初期のエイベックスと出会い、クラブイベントのプロデュースやミックスCDの制作を手掛けるようになるまで、彼の努力は地道かつ苛烈を極めた。