千房の歴史は、大阪・ミナミの喧騒の中に始まる。1973年、創業者の中井貫二氏が「お好み焼きを大阪の誇れる食文化にしたい」という強い信念のもと、道頓堀に第一号店を開いた。当時のお好み焼きは「庶民の安食堂」というイメージが色濃く、高級店とは程遠い存在として扱われていた。そこに中井氏は真っ向から反論した。厳選された国産食材、職人の鉄板技術、そして洗練された空間づくり——この3点セットを持ち込むことで、お好み焼きを「ハレの日に食べる価値のある料理」へと昇格させることを狙ったのだ。
千房の公式資料および創業期を振り返る各種メディアの報道によれば、中井氏は開業当初から「粉もん文化の格上げ」を明確な経営ビジョンとして掲げていたとされる。実際、他の競合店が鉄板と安い豚肉で価格勝負に終始していた時代に、千房はキャベツの質・だしの配合・生地の厚みまで徹底的にこだわった独自レシピを開発。「千房の生地は一日寝かせてこそ本来の旨みが出る」という工程管理の哲学は、創業当時から現在まで変わらず受け継がれているという。開業から約50年が過ぎた今も道頓堀で行列が途切れない事実は、そのブランド哲学の正しさを物語っている。