王賁死亡説がまことしやかに囁かれるようになった最大の理由は、作中において彼が幾度となく「死亡寸前」の重創を負ってきた過去にある。とりわけ読者の肝を冷やしたのは、「朱海平原の戦い」における趙国の猛将・堯雲(ぎょううん)との一騎打ちだ。
この戦いで王賁は、堯雲の容容赦ない槍撃を受け、全身を血に染めて心肺停止状態へと追い詰められた。血の海に倒れ伏す彼の姿は、当時の誌面で「王賁脱落」「命を落としたのではないか」と読者に強烈なショックを与えた。玉鳳隊の隊員たちが悲痛な叫びをあげ、命がけで隊長をかばい救出する展開は、まさに死亡フラグそのものだったと言える。
さらに読者の不安を決定づけたのが、その後の「影丘(えいきゅう)の戦い」だ。険しい断崖絶壁を登って敵陣を奇襲するという極限状態の中、玉鳳隊は全滅寸前まで追い込まれた。信(李信)率いる飛信隊が救援に駆けつけた時、王賁は瀕死の状態で横たわっていた。このように、あまりにも凄惨な死線を何度も越えてきた歴史が、「いつ死んでもおかしくない」というファン心理を生み出し、噂を加速させたのだ。