ネット上の感想やSNSの投稿において、「帝も最初は力ずくで連れ去ろうとしたのだから、貴公子たちと同類ではないか」という意見が散見されます。しかし、平安初期の貴族社会の価値観を踏まえると、この見解には大きな誤解があります。
当時の絶対君主である天皇が命じた「召し出し」を拒否することは、本来であれば反逆罪にも等しい重大事でした。翁の家に直接行幸し、女性の手を取るという行為も当時の常識では極めて破格の情熱表現です。重要なのは、かぐや姫が消えかけた際に、帝が「即座に自らの非を認め、身を引いた」という事実です。
帝はそれ以降、自らの権力を使って姫を強要することは一切せず、純粋に一人の人間として、和歌という教養の媒体を通じて距離を縮めました。互いに顔を合わせずとも心が通い合う関係性を3年も持続させた点において、帝は当時の貴族男性としては異例なほど「相手の主体性と境界線を尊重した紳士」であったと言えます。