永倉新八は明治15年(1882年)から樺戸集治監の撃剣師範を務め、囚人を監視する看守たちに剣術を指導しました。その後、小樽へと居を移し、悠々自適ながらも剣の道を捨てない晩年を過ごします。
小樽時代の永倉は、東北帝国大学農科大学(現在の北海道大学)の撃剣部で学生たちを指導。映画館に通うのが趣味で、「映画(活動写真)の登場人物に刀を持たせたら、俺の方がまだ速い」と笑っていたという微笑ましいエピソードも残されています。また、地元の映画館でヤクザ者たちに絡まれた際、老齢でありながら一瞬で相手を威圧し退散させたという武勇伝も語り継がれています。
この「北の大地に生き残った新選組最強の老剣士」という強烈なキャラクター造形は、野田サトル氏による大ヒット漫画『ゴールデンカムイ』に登場する永倉新八の元ネタ(直接のモデル)となりました。作中で見せる圧倒的な太刀筋と、飄々としつつも凄みを放つ姿は、小樽で過ごした史実の永倉新八の生き様が見事に投影されたものといえます。