笑点の山田くん現在と降板説の真相|座布団のギャラと莫大な総資産

笑点の山田くん現在と降板説の真相|座布団のギャラと莫大な総資産

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なぜ山田隆夫という人物は、これほどまでに強固な生存戦略を貫くことができたのでしょうか。その背景には、昭和から平成にかけての芸能界の光と影を真正面から浴び続けた、波乱万丈のキャリア形成史があります。

山田氏の芸能界入りは、10歳での子役デビュー(劇団ひまわり)に始まります。転機となったのは、日本テレビの『ちびっこ大喜利』でした。そこで抜群の機転と愛嬌を発揮して座布団10枚を獲得し、そのご褒美として1974年に結成されたのが伝説のアイドルグループ「ずうとるび」です。ビートルズ(The Beatles)のスペルを逆さ読みにしたグループ名は社会現象となり、デビュー曲からヒットを連発。瞬く間にトップアイドルの座へ駆け上がり、NHK紅白歌合戦にも出場を果たしました。

しかし、絶頂期は長くは続きませんでした。グループ内での路線対立や方向性の違いから、山田氏は1977年に突如としてずうとるびを脱退。ソロタレントへの転向を余儀なくされますが、アイドルブームの去った現場には厳しい現実が待っていました。テレビの仕事は激減し、一時は「あの元人気アイドルが消えた」と囁かれる挫折を味わいます。

この苦境を救ったのが、落語の世界への回帰でした。落語家・鈴々舎馬風門下に弟子入りし、「鈴々舎鈴之助」として前座修業を経験。伝統話芸の所作、礼儀作法、客席の空気を瞬時に読む間合いを徹底的に叩き込まれました。そして1984年、前任者であった松崎真氏の勇退に伴い、白羽の矢が立ったのが『笑点』の6代目座布団運びでした。

「元トップアイドルが座布団運びへ都落ちした」と嘲笑する声もありましたが、山田氏は愚直に任務を全うしました。ただ座布団を置くだけではなく、回答者の発言に合わせた絶妙な顔芸、飛び跳ねるようなアクション、司会者に毒づかれたときの愛嬌あるリアクションなど、自らの肉体を張って「座布団運び」を番組に不可欠な独立したエンターテインメントへと昇華させたのです。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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