歴史的に「住友御三家」と定義されてきたのは、住友金属工業(住金)、住友化学、そしてグループの創業事業を継ぐ住友金属鉱山の3社でした。住友グループの源流は1691年に開坑した愛媛県の別子銅山にあり、鉱山採掘から銅の製錬、金属加工、そして副産物である硫酸を利用した化学肥料製造へと多角化を遂げてきた経緯があります。戦前の住友本社において重化学工業部門の払込資本金比率は87%に達しており、この重工業シフトのDNAを色濃く残した3社が、名実ともに中核としてグループを支え続けてきました。
ところが、この盤石な枠組みを根底から揺るがす大事件が発生します。それが2012年10月1日に断行された、新日本製鐵と住友金属工業の経営統合です。世界的な鉄鋼不況と中国勢の猛追に対抗するため、住金は宿敵とも言われた新日鐵との合併を決断。新会社「新日鐵住金(現・日本製鉄)」の発足に伴い、住友グループの象徴であった「井桁(いげた)マーク」の商標を返上し、グループの社長会組織から正式に離脱することになりました。
「住友の看板を下ろすことは身を切る思いだったが、グローバル競争で生き残るための冷徹な選択だった」——当時の統合協議に関わった首脳陣が経済誌の取材に吐露した言葉は、グループ内に強烈な衝撃を与えました。鉄鋼という重工業の巨頭を失ったことで、昭和から続いた「旧御三家」の枠組みは事実上終焉を迎えたのです。