「大規模」の名を冠する数々の事業において、現場で当事者たちが直面している現実とはどのようなものなのでしょうか。都内の築28年分譲マンションで修繕委員長を務めた住民の手記には、制度と人間の板挟みになった壮絶な実態が記されています。
「総会で一時金50万円の徴収案を諮った瞬間、怒号が飛び交いました。『年金暮らしの身でそんな大金は払えない』と詰め寄る高齢住民と、『今直さなければ外壁崩落の危険がある』と主張する若手住民。公の場で互いに見せた表情の険しさは忘れられません。管理会社の見積もりを精査すると、相場より3割以上高いマージンが上乗せされていた。専門知識のない素人の集まりである理事会が、何千万円という巨額マネーの決定を迫られる恐怖は想像を絶します」(手記より引用)
また、ITインフラ刷新の現場でも、プロジェクトマネージャーたちがSNSやクローズドな技術コミュニティで「規模の暴走」に警鐘を鳴らしています。「上層部の『他社がやっているから我が社も大規模AIを導入しろ』という号令で始まった数億円のプロジェクトが、現場の業務実態と乖離して利用率10%未満のまま放置されている」といった生々しい告発が相次いでいます。規模そのものを目的化してしまった組織が被る損失は、計り知れません。